欠伸も出ねぇ夜の歌

 これまで欠かすことなくつけてきた日記が書けなくなったのは、「思うところがあるなら作品で伝えろ。」という岡野さんの言葉が、呪いのように自分に染み付いてしまったからだと思った。黒霧島のロックを覚えがないくらい飲んだ後、クリープハイプを聞きながらこの文章を書く。とてもお世話になっていて、自伝を書くとすれば何度も登場するであろう人物の結婚祝いパーティーから場違いな余り逃げ出して、辿り着いた他人の秘密基地で呼吸をしている。もうすぐ控えている自分が出演する舞台の宣伝文を書かなければならないという強迫観念を、板についた作り笑いで誤魔化しながら、アクエリアスで身体を癒やした。

 今までに何度も不義理を重ねてきた。自分には愛情が欠落しているのかもしれないと幾度と無く思った。それでも東京に住む天真爛漫なあの子の事を忘れた日など無いし、すぐそばにいる聡明な女神を見失ったこともない。だけど彼女らに愛情を伝えようと思ったこともなければ、触れようとしたことなんて一度もない。……きっと僕は、臆病で、それでいて傲慢で、不遜で、寂しがり屋で自己顕示欲の強い、どこにでも居る少年Aにもなれない、草の葉の段ボールを手にしたそよ風Bくらいのものなのだろう。

 死んでしまいたいと強く思う。自殺の方法をネットで調べるたびに、誰かが自分を知らぬ間に狙撃してくれるのがベストであるという結論に至る。死にたいと思えば思うほど、死にたくないことが明確になって、「死にたくないと思ったままで死ぬこと」を願っていることが顕になる。傲慢で、傲慢で、息も出来なくなる。そんなことを書きながらも呼吸をしている自分が心底憎らしくて、息を止めてみるけれど、結局吸うし、吐く。

 箇条書きみたいな自分の感情が、馬鹿馬鹿しくて頭を掻き毟る。

どれだけの作り話を積み重ねれば、足元が見えなくなるのだろうか。


 ここまで書いた文章を後ろから読んでいた女に抱き締められる。

 温度も感じない陶器のような彼女が、僕の耳元で意味のない音を立てる。


 僕は笑って、「大丈夫だよ。これ、フィクションだから。」といつものように告げる。それで彼女はある程度納得して、「それならいいけど。」と口を尖らせながらも引き下がる。ずっとそうしてきたから、これからもずっとそうなのだ。


 朝日が昇ったら、恥ずかしくなる。一過性の本音と、恒久的な建前がハイタッチをしてすれ違う。僕はその瞬間をスケッチして、出来るだけありのままを描こうと願う。それこそが最も豊かな表現であると信じる。


 信じている。

 と、言い聞かせる。


 中二病だと、天使と女神が少しでも笑ってくれたらいいなと願う。

 事実僕は、ここまで書き終えた今すでに酔いが冷めていて、二時間ほど読み返してから、「失恋でもした友達のいない陰キャラの文章だな…。」と思いながら投稿しているのだから。


─────エルモア「たっぷり使える400枚(200組)」48枚目より抜粋。